外  題 湊川に轟く知将の一撃
解  説 延元元年(一三三六)九州で勢力を盛り返した足利尊氏は、陸と海から京に向かって進軍した。一方、後醍醐天皇側は、新田義貞を総大将にして楠木正成らとともに湊川で尊氏軍を迎え撃った。しかし、湊川の正成軍は、主力の義貞軍と切り離され、苦戦を続け、わずか七二鱗となって敗走し、正成は自害した。
見 返 し 罪隠し介護にかずけノーサイド
委 員 長 寺内克良
囃  子 港ばやし 港和会
一  言 ひさびさに兜をかぶった人形をのせました。
また、倒れ馬を乗せたため、やられの位置を決めるのにかなり時間がかかりました。




   
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