外  題 覇の夢砕く天下の激闘
解  説 豊臣秀吉の死後、五大老筆頭徳川家康と五奉行の一人である石田三成の対立は表面化し家康は三成の挙兵を促すため、会津の上杉征伐に東下した。三成は西国大名を糾合して挙兵、ついに慶長五年九月、両者は関ヶ原において対決したが、小早川秀秋の裏切りで家康方に軍配が上がった。
見 返 し 夕御(ユーゴ)飯 納豆(NATO軍)の粘りでまずくなり
委 員 長 佐藤 敬
囃  子 港ばやし 港和会
一  言 この年は、鉄道社宅の歴史では一番岩が高かった年だと思います。
管理人がこっそり高くしたのですが、5.3mくらいはあったと思います。
倒式や伸縮式の町内もある今となってはそんなに高くはないですが、町内の人からは高すぎると言われました。
この年から、ついに管理人が人形にクチダシを開始します(^0^)




   
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